ぜいたく=道楽、ではない 普請道楽のススメ

KMBO6

普請道楽という言葉がある。家造りは一大事であり、それに対して目いっぱいの手間暇をかけて楽しみ尽くす。そういった旦那衆の普請道楽の精神が、街の中にある種の奥行きを与えていた。文化や歴史、さらには社会を作っていたと言ってもいい。

道楽とは「道を解して自ら楽しむ」ことであり、その本質は生活そのものを楽しむことにある。そして、その能動的な態度の中にこそ、豊かな生き方の扉を開く鍵がある。翻って、現代の家造りは受動的な購買行為に成り下がってしまっているように思われる。今のご時世では普請道楽はぜいたくと同様に悪と見なされ、この言葉も死語になりつつある。しかし、そのような受動的な姿勢だと豊かさの扉は簡単には開かない。そして、その結果が積み重なった街並みには生気がない。生気のない環境で育つ子供たちに、大人はいったい何を求められるだろうか。

設計事務所に家造りを依頼してくる人の中にはパワフルな女性も多いが、生活を楽しむ作法を身に付けた男性も多いように感じる。彼らはおそらく受動的な購買行為ではその作法が発揮できないことを感じ取って設計事務所の門をたたくのだろう。また、男は観念と妄想の生き物である。その力が、家造りを一段高い所へ押し上げる。

動物園へ出かけてみよう。そこでは動物の多様な魅力に気付かされる。その魅力は、例えば大きい体、長い首、俊敏な動きといったように、それぞれが生きるために身に付けた一つの突出した特徴に起因することが多い。その特徴の中におそらく生きることの本質を見るのだ。同様に家造りも、家の中に何か一つ突出したものが見えることで、途端に生き生きとした魅力を持つようになる。一つ一つの現実的な対応の積み重ねも当然重要であるが、そこからさらに魅力的なものにするためには、男性の観念と妄想に宿る遠投力が必要なのだ。それは個人の所有物として必要なだけではない。皆の共有物としての街並み、そして子供たちが育つための環境としても必要なのだ。

今こそ普請道楽の復活を叫ぼう。それは悪などではなく、立派な社会的倫理に基づく行為だ。だからといってぜいたくだけが道楽ではない。生活を楽しむのに他と比較する必要はない。自分のできる範囲で、自分の価値観で、メリハリをつけながら生活を楽しめばいい。そのために知恵を絞り、そこに道を見いだし楽しみ尽くす。それが現代における普請道楽の一つの形ではないだろうか。

TKGA10

IMG_3853-1

FAGK19

 

オノケンさん写真太田則宏建築事務所

住宅設計がメインだが、店舗、リノベーションなどにも意欲的に取り組む。また、依頼者の予算の範囲内で、こだわりの空間を共に造りあげてくれるので安心だ。施工例や事務所の概要などは下記のwebサイトをチェック。
URL http://onoken-web.com

関連記事

PICK UP

COLUMN
2017.8.3

自宅の屋上がアウトドアスペースに!

晃栄住宅が提供する“第二のリビング” 屋上庭園で生活をもっと楽しく! ニーズに合わせてさまざまな使い方ができる、晃栄住宅の屋上庭園。 今回は、日置市…

MOST VIEWED

ページ上部へ戻る