野見山秀樹 鹿実のラモス

Another Episode.1〜長い手足を生かしたボールさばきは 同学年の城よりもうまかった

Topic:出会いから卒業まで

Name:松澤 隆司

Relationship:元鹿実サッカー部 総監督

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野見山はテクニシャンだったね。小学生の頃から明和小学校の体育館で週に一回、大人と一緒にフットサルの練習に参加していて、そこで技を磨いていたと思うから。私もたまに指導に顔を出していたんだけど、体格が良いのに足元の技術に非常に長けていた野見山にはずっと注目していたよ。

彼の高校時代の同級生には城(彰二)とか遠藤(彰弘)、藤崎(義孝)といったレベルの高い選手がそろっていた。あの世代は、全国優勝をしないといけなかったと今で思う。野見山は3年生の時、全国選手権の準決勝で、それまで絶好調だった清水商業のゴールキーパー・川口能活から2点も決めてくれて、まさにラッキーボーイ的な存在だった。城にマークが付くから、そのディフェンスの隙間を縫って野見山がゴール前に入ってくる。得意の足技ではなくヘッディングで得点したのは印象に残っているよ。あのメンバーの中にあって、彼らに負けない存在感が野見山にはあった。サッカー部の卒業生で同じテクニシャンの松井大輔という選手がいたけど、彼とはまた一味違ったセンスの持ち主だね。あの世代、技術で言えば城よりもうまかったよ。

練習に関して言えば、野見山のプレーに対して細かく指導した記憶はないな。彼が自分で考えて実行するプレーが、チームにとって良かったんだろうね。そういう意味では非常にクレバーな選手だったと思う。人間的にはとても人が良かった。チームの和を乱すこともなく、マイペースで自分のサッカーに取り組んでいた姿は印象的だった。  彼が卒業する際、「プロの世界は厳しいから」と大学進学を勧めたのを覚えている。だけど彼は結果的にガンバ大阪入団を選んだ。性格的に意思が強かったよ。「プロサッカー選手になる」という確固たる自分の夢があったと思う。「自分のサッカーの技術に対してプライドや誇りがある」と自負していたから。だからやっぱりプロを選んだんだろうね。

高校時代、生徒たちによく言っていたのが「自分に負けるな、あきらめるな、周りに感謝しなさい」。野見山を含めた卒業生たちは、今もこの言葉を守ってくれて、みんなよくがんばっていると思う。たまに同窓会に呼ばれるけど、高校時代の思い出が一番印象的とか言ってくれるからね。私も相当厳しくやっていたんだろうね(笑)

 

Another Episode.2〜まじめでひたむきな好青年 私が女子学生だったら夢中になったかも(笑)

Topic:当時の学校生活

Name:福山 瑛

Relationship:元鹿実電気科クラス 担任

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当時は一クラスに60人以上の生徒が在籍していましたが、野見山くんのことはよく覚えています。真面目で沈着冷静、その人柄から彼には室長(学級委員長)を務めてもらったのを覚えています。また、サッカー部のレギュラーなだけあり運動神経も抜群だったので、体育大会では科別対抗リレーの選抜選手としても頑張ってもらいました。当時は遠藤(彰)君や城君も電気科でしたから、今思うととても華やかなメンバーでした。野見山君は長身でスタイルも良くハンサムだったので、私が女子学生だったら、一も二もなく彼に飛びついていたでしょうね(笑)。私が全体の進路指導担当も兼任していたため、担任として一人ひとりをつぶさに見てあげることができなかったことについては、野見山君だけでなくクラスの生徒の皆さんに申し訳ない気持ちです。ですが、県外の出張先などで卒業生に声をかけてもらうと、教師をやっていて良かったと思います。40歳を超えたばかりの野見山君には、とにかく健康に気をつけてと言いたいです。また子供がいるのであれば、彼らに恥じないような生活を送ってほしいです。ビジネスマンとして世界を飛び回っているとのこと、今後のさらなる活躍を期待しています。

 

Another Episode.3〜線の細さを努力で克服 3年生で花を咲かせた

Topic:当時のチーム事情

Name:竹田 順数

Relationship:元鹿実サッカー部 監督(同校教諭)

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入部当初の野見山は、身長は高いけど体が細く、テクニックは抜群でしたがスタミナがあまりなかったように覚えています。当時は全国大会の常連、長崎県の国見高校サッカー部に追いつけ追い越せの時代で練習もかなりハードでした。1年生、特に線の細い野見山にとってはきつかったと思いますが、自分で走りこみをするなどして、2年生の終わり頃には体の筋力のバランスが整ってきました。相当な負けず嫌いだったのではないでしょうか。チーム内では守備陣と攻撃陣がプレーを巡って激しく論じ合ったり、キャプテンの城と副キャプテンの藤崎が取っ組み合いのケンカをしたりと、毎日いろんなことが起こっていましたが、そんな中、野見山は常に冷静だったように思います。みんな、サッカーに対してまっすぐに向き合っていたのでしょうね。野見山が選手として面白くなってきたのは、3年生のときのインターハイ(準優勝)から。それから冬の選手権まで、非常にレベルの高いチームの中でレギュラーとして頑張り、得点王まで取ってくれました。野見山も会社ではもう中堅。若い連中を指導するのは大変だと思いますが、鹿実のサッカーで培った経験を生かして、頑張って欲しいと思います。

 

Another Episode.4〜ドリブルやリフティングなど いろんな技術を教えてもらいました

Topic:当時の練習

Name:平 啓之

Relationship:元鹿実サッカー部 友人(同校教諭・サッカー部長)

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当時のサッカー部は、1年生から3年生まで合わせて140人ほどが在籍する大所帯でした。なので練習は、犬迫グラウンドまでバスで向かうトップチーム組と、学校の校庭に残る、いわゆるバスに乗れない“つみ残し組”の二手に分かれて行っていました。私は後者の方だったのですが、トップ選手もそれ以外の選手も同学年でみんな仲が良く、犬迫から帰ってきた彼らと午後10時頃まで一緒によくトレーニングをしていました。特に野見山君にはドリブルやリフティングなど技術的なことをいろいろと教えてもらったのを覚えています。遠征などは基本的にA・Bチームしか行けないので、夏休みや冬休みといった長期休暇中でもスケジュールが合わず、彼らとプライベートで一緒に遊んだ記憶はないですね。ただ、そんなハードな毎日でも、黙々と自主練習に励む野見山君の姿は印象的でした。私は現在、鹿実サッカー部の部長を務めていますが、野見山君にある期間、外部コーチとしてチームをサポートしてもらっていました。またいつか鹿児島に帰ってきてもらって、再び後輩たちに技術や経験を伝えて欲しいと思っています。そんな機会があったら、友人としてもすごくうれしいですね。

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