俺の起業力〜達成するぞ!カゴシマンドリーム

偏差値27.1から国立大学に合格

人生を振り返ると、学生時代、まったくと言っていいほど勉強をしていなかった。44人クラスで常に44番だったから、成績表に「し(死)」が並び、友人から「呪われているんじゃないか」とからかわれたことも少なくない。大学入試直前の模試は、800点満点中179点。4択のマークテストで、適当に答えても200点は取れるのにと、周りからは笑われた。当時の偏差値は27.1。そこで自分は一念発起して、センター試験に挑戦して国立大学を目指すことに決めた。理由はたった一つ。笑われるばかりの人生を変えたかったから。それから寝る暇も惜しんでとにかく勉強の毎日。「ここで人生を変えなければ一生負け犬のレッテルを張られる」と本当に真剣に考えた。そして地元の宮崎大学に合格。

その時に思ったのは「どんなに困難であろうとも、諦めない強い意志があれば、人生は変えられる」ということ。これは自分の人生の一つのスローガンになっている。

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何かとうまくいかなかった社会人生活

大学卒業後の2007年、アミューズメント施設運営会社に就職した。ボウリング場がある複合店で、朝8時に出社して、仕事が終わるのは閉店時間の翌朝4時。勤務時間20時間というのが当たり前のように行われていた。ゴールデンウィークや盆・正月は繁忙期なので、勤務していた3年間で休んだ記憶がない。結局その会社は負債を抱えて倒産した。

次に就職したのは、とある放送局の営業部。自分は入局1カ月目から部内でトップの業績をあげるようになった。1カ月の契約目標は1人20件。1日1件ペースの分かりやすい目標だ。そこで自分は毎月100件前後の契約を獲得していたと思う。それは他のスタッフの5倍の数字だ。とてもやりがいのある仕事だったが、長くは続かなかった。

営業の仕事は2カ月ごとにエリアが変わるシステムだった。自分は他のスタッフの5倍の契約数を獲得していたので、自分が活動したエリアに次に入るスタッフは、まったく契約が獲得できずにいた。次第に部内で煙たがられるようになった。そして私はたった6カ月でそこでの営業の仕事を辞めた。

それから、新聞の販売店や、準大手通信会社の特約店を経験。新聞の販売店では、いくら販売しても給与は月に10万円。2カ月で辞めた。通信の特約店では、50万円を超える給料の未払いで労働基準監督署に駆け込んだ。6カ月で辞めた。

職を転々とする困難な社会人生活の中、26歳になった自分はあることを思い出した。それは、あの偏差値27.1から国立大学にチャレンジして学んだ「諦めなければ、人生は変えられる」ということ。頑張った者が報われる。それが当たり前で真っ当な理想の社会であるとすれば、自分はそんな世の中で働きたいと思った。そして、そんな会社を夢見て就職して、現実を知って、退職するなんて人生の繰り返しはもうまっぴらだと思った。理想の社会は、自分自身で作らなければならないと思った。

 

 

「人生を変えたい」と思って起業した26歳

26歳で起業した当初は社員3人。下荒田のゴミ捨て場に捨ててあった椅子(粗大ゴミシールが貼っておらず、業者が収集できずに困っていた)を拾い、天保山のリサイクルショップで中古の机と書類棚を800円で譲り受けて光通信事業をスタートした。起業した2011年は、光回線のサービス開始から10年以上がたち、周りから「時代遅れ」との声が上がった。オワコンとも笑われ、家族からも反対された。だけど自分はこの道を信じ、それ以外のことには一切目もくれずに突き進んだ。会社を経営する上で定めたルールは二つ。一つ目は、利益よりも顧客優先の存在になること。二つ目は「顧客と会うこと」。インターネット開通時、顧客のもとに担当者が無料で訪問し設定まで行っている。時には、当てにならない商談や、1件の設定の為に他県に行くこともある。当然経費が掛かるが、お客さんが隣の人を紹介してくれたり、その隣の人が2軒先の人を紹介してくれたりとか、口コミが広がることになれば良いと考えている。

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現在、各社さまざまな自社ブランドの光回線サービスを展開している。当社でもそれを見据え、各地に販売網を持ち、今では20キャリア以上の中から顧客に最適な光回線を案内出来るようになった。「時代遅れ」と言われていたものが、今はまた「最先端」になり、現代の生活に欠かすことの出来ないものとなっている。

会社の目標として「3年以内に業界ナンバーワン」という言葉を掲げている。それは、自分の困難な社会人生活で感じた「人生を変えたい」という思いと、「頑張った人が報われる社会に」という考えが根底にある。そして、我々が取り扱うインターネットにはまだまだ無限の可能性が秘められていると確信している。それを生かした情報の処理や提供、ソフトウェアの開発、通信システムの運営や、自社ISPのサービスの提供。さらにビジネスでの出会いなど、具体的に挙げれば、枚挙にいとまがない。もちろん、まだ見えていない場所に飛び込んで行くことは、怖いことかもしれないが、自分はまだ32歳。たとえ失敗したとしても失うものは何もない。

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「謙虚にして、驕らず」。これは京セラ創業者、稲盛和夫さんの言葉。自分もまさに、成功すればするほど「謙虚さ」を身につける必要があると共感している。役職柄、たくさんの経営者の方とお会いする機会があるが、事業が成功している人ほど「謙虚さ」を身につけ、決して他人を侮ったり、思い上がった態度をとったりする人はいない。その人柄は慎ましさにあふれている。成功の象徴は「謙虚さ」。このことを胸に自分は事業を行っていこうと思っている。

 

 

己に課すルール

会社の利益や売上、都合に左右されず、顧客を最優先に考える“かかりつけ”の存在になれるように努力する。座右の銘は京セラ創業者、稲盛和夫さんの「謙虚にして、驕らず」。これを肝に銘じて、すべての人に接していきたい。

 

運が強いか計画的か

運は悪い方。起業にあたっては計画性もなかったが、それでも会社が6期目を迎えられたのは、一言で言うとブレなかったから。運や計画性に頼り過ぎるのも良くないのではと考えている。

 

青春時代

成績はクラスで万年最下位。勉強を本格的に始めたのは、「絶対国立大学に合格してやる」という反骨精神から。偏差値27.1から宮崎大学に合格した時に感じた「諦めなけらば、人生は変えられる」という気持ちは、今に生きている。

 

尊敬する人

尊敬する人は特にいないが、自分が所属している「鹿児島南ロータリークラブ」で毎週1回お会いする経営者の方々は、謙虚で慎ましい人柄にあふれた人たちばかり。自分は彼らを見習うように心がけている。

 

次のステップ

3年以内に業界ナンバーワンを目指す。そうなることで、この業界を目指す人に夢や希望、それに誇りを提供でき、この世の中を変えることができると考えている。インターネットには無限の可能性があると信じている。

 

起業を考えている人に

性別も年齢も、失敗を経験した人も、成功を夢見る人にも平等にチャンスはあると思う。それを生かすかどうかは、その人の行動次第。起業に立ちはだかる壁を打ち破る、ブレない気概こそが重要かもしれない。

 

 

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