俺の起業力〜達成するぞ!カゴシマンドリーム

ホームレス生活で身にしみたお金の大切さ

高校生になったら女の子にモテたくてピアスを開けた。入学早々、校長室に呼ばれてから教室に戻ると、「俺には合わないな」と、なんとなく学校を辞めようかなと思った。もともと高校には受からないと言われていた。実際に私立も全部落ちた。ヤケクソで願書を出したのが鶴丸高校。「合格は間違いじゃないか」と二日くらい確認作業があり、自分だけ合格発表が遅れた。何の思い入れもない。小6まで家庭では5教科で500点満点を求められていた。98点なのに木刀でぶんなぐられるほどだ。その反動か中学校でおかしくなったのだと思う。高校に3日間通い、その後一年間、いろんなゴタゴタから逃れるためにアメリカの高校に留学。中学時代からアメリカに行こうと思っていたが、高校在学が条件だったからだ。帰国後すぐに自主退学。

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父親から家を追い出されて半年程、プチホームレス生活を送る。最初は友だちの家を転々としていたが、そのうち屋根のある公園に寝泊まりするように。とある公園で寝ていたら、目の前にあったとび職の会社の社長に「うちで働け」と言われて入社。その出会いが現在の仕事の原点で人生の分岐点。そこの社長には頭が上がらないが、今となっては家を追い出してくれた父親にも感謝している。お金の大切さがものすごく身に染みた。明日の生活が約束されているという点で、精神的に安定したと思う。a1703021081

 

 

実際の現場での仕事はというと、安全性無視。20mの高さの足場の上を命綱なしで歩かされるなど「これ人間がする仕事?」と思えるような内容だったが、「明日がわからない生活よりはまし」と頑張れた。この会社に18歳まで3年弱勤めた。その後、とある建設会社からの、とび部門の責任者としての引き抜きに応じた。前の会社で「もっと効率的に仕事はできるのに」と思っていたことがあり、それを試せるという思いがあったからだ。当時の業界は、とにかく走る、たくさん持つ、頑張る、という根性論がまかり通っていたので、それを変えたかった。具体的な方法は、なんてことはない、荷下ろしの場所の工夫とか、クレーン代をケチらずに使うといったこと。採用も任されたので、昔のやり方を好む職人ではなく、初心者を入れて新しいやり方を徹底させた。そうしたら効率化がかなり進んだ。今まで業界内にはそういう分業化の発想がなかった。すぐに結果が出て、アホみたいに儲かった。独立したのは20歳のころ。会社も自分に起業の意思があるのを知っていたと思う。あっさりと自分のチームをそのまま分社独立させてくれた。

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有頂天の20代に訪れた天国と地獄

独立後3年間は、お客さんに困ったことはない。本当にトントン拍子だった。24歳くらいで年商5000万円になり、かなり天狗になり始めていた。振り返ると、自分個人が現金を一番持っていたのはその時期だったと思う。経営の天才じゃないかと舞い上がっていた。25〜26歳は完全な有頂天時期だった。

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当時はこの利益が永遠に続くと思っていたが、ちょうどこの頃から、お客さんを他社に食われ始めていたのだと思う。そしてリーマンショックの到来。有頂天時期の2年間で今までの累積黒字を吹き飛ばしても足りないくらいの赤字を出した。速攻で倒産寸前。最終的には半年くらい自分の給料も払えなかった、なんでこうなったのか分からず、リーマンショックのせいにしていた。さらに震災の発生で工事はさらに激減し、会社は地獄に陥った。

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廃業しようと思い、最初の会社からずっと一緒に働いている専務に言おうと思ったができなかった。言うくらいなら死んだほうがいいやと思い、そうなるまでもう一回頑張ってみようと思った。

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数字の洗い出しで分かった人件費原価の重要性

普通であれば顧客獲得のために営業に回るべきところだが、自分たちがしたことは過去の数字を全部洗い出して赤字の原因を探ること。その時に二つのことが分かった。仕事を常に改善していく努力を怠ったこと、もう一つは業界のどんぶり勘定だ。根拠のない数字をもとに他社と過当競争をしていた。建設業界は人件費が4割を占める。この人件費原価が分からなければ、会社は永久に立ち直らないと思った。そこから数字の把握と原価の管理に取り組みだした。そしてそこで初めて、エクセルという画期的なソフトに出会った。原価を知ることで、お客さんに提案する数字に根拠ができる。値引きも戦略的にできる。そして社員共通の目標が明確になる。当時は業界全体の忙しさの度合いによって値段が乱高下していたが、これをやめて根拠のある価格で提供するようにした。人間の動きを数値で管理することに関して、当初社員たちは嫌がったが、日報をデータで提出させるなどしてみんなで勉強した。そして数値管理に取り組みだした期に業績が少し回復した。今となってはこれが会社の心臓部だ。

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エクセルを数値管理に導入してから7年になる。当時はお金がまったくない状態だったので、費用がかからないソフト部門に注力せざるを得なかったが、結果的にそれから3年で累積赤字がなくなった。この「業務データー元管理システム」については、パッケージ化して販売するために開発中で、現在試運転の段階だ。IT専門の社員も加えた。国から補助金がおりたのも追い風になっている。

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次にしなければならなかったことがハード部門の改善。今までは資材や機材をリースに頼っていたが、さらなる収益を上げるためにはこれらを自社機材にしないといけない。そうなると相当な設備投資が必要になる。1億円規模の投資になる試算だが、中途半端にやっても効果を生まない。すごく迷ったが、新しい事務所と倉庫を購入して資材を入れた。売上と同額くらいの借金をしたけど、リスクに踏み込まなければ会社の成長はないと思う。a1703020959-3

 

 

己に課すルール

士魂商才。努力やチャレンジを怠らず、必要であればリスクを冒すことができる覚悟を常に持ち合わせていたい。そしてこの業界のマイナスなイメージを変えることが自分に課された使命の一つだと思う。a1703020951-3

 

運が強いか計画的か

自分は運が強い方だと思う。下手したら運だけで生きてきたのではないだろうか。実際にここまで走ってきたのも偶然の積み重ねだし、要所での素晴らしい人たちとの出会いも“たまたま”であることがほとんどだったから。

 

青春時代

中学生の頃は本当に悪かったし、高校を退学してからホームレスをしていた半年間はお金がまったくなくて、よく生きていたと思う。その分仕事ができることのありがたさやお金の大切さを身にしみて学ぶことができた。

 

尊敬する人

出光佐三さん。最近、「海賊と呼ばれた男」という映画にもなったけど、まさに自分が目指す経営者像。出光さんの言葉に「黄金の奴隷になるな」という言葉があるけど、自分も社会に対してやるべきことをやれる会社を目指したい。

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次のステップ

自分の想像を超える結果を出してくれた社員たちの待遇をさらに上げていくことが目下の目標。そして今、自分たちにはようやく“企業”と呼べる武器がそろった。これから社員一丸となって“戦争”を仕掛けていきたい!

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起業を考えている人に

起業自体は簡単だけど、相当な覚悟と大義を持ってやってほしい。自分はそれを一度なくして大変な苦労をしたから。技術とかノウハウ、お金はそこからついてくると思う。なぜ起業なのか、なぜあなたなのか。そこが大事。

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